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第六話 昔の仕事仲間であってもフィリピンでは一切油断できない

詐欺

Kの家で過ごしていると、Kが書類を持って来て「あんたの釈放の書類だからサインして」と言います。鈴木さんは英語が読めませんがサインしました。すると車に乗せられて、バコロドのシティジェイル(市拘留所)に連れていかれました。

「2~3日いてくれないか?出るのに300万ほどかかると思う。親に頼んで日本からお金を送ってもらってくれ」とKは鈴木さんに言います。しかし、小学校の教師だった父は、すでに退職金を使い鈴木さんの借金を肩代わりしていました。

父親にはすでにお金がありませんでした。これ以上父親に迷惑をかけることはできない上、身に覚えのない罪を着せられて金を払うなんて納得がいかないのは言うまでもありません。

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鈴木さんの死刑判決はフィリピン世論のためでもあった

完全にKのセットアップに嵌った鈴木さんでした。鈴木さんがKにやられてしまったと確信したのは、バコロドのシティジェイルに入ってからでした。

「鈴木さん、700グラムだけマリファナを持っていたことを認めろ。750グラム以上持っていたとなると死刑になるぞ」とKがしつこく鈴木さんに詰め寄りました。その時、フィリピンでは750グラム以上マリファナを持っていると死刑になることを知りました。

Kは更に「俺が日本まで金を取りに行ってやるぞ」と持ち掛けたり、「金を払わなかったら、マフィアがシティジェイルの中で、あんたに何をするかわからんぞ。殺されるかもしれないぞ」と散々脅しました。

間違いなくKが鈴木さんを嵌めて、金を取ろうとしていると確信しました。鈴木さんは一切お金を払いませんでした。いや、払うことはできませんでした。

そして無情にも裁判が始まりました。11回に及ぶ公判の中で、鈴木さんの弁護人は、まず、英語もタガログ語も理解できない被告への取り調べが通訳抜きで行われ、違法性がありました。

フィリピンで日本人死刑囚の鈴木さん

さらにKによる陰謀の疑いが強いと主張しました。しかし、主張が認められず、逮捕から8か月後の12月7日、バコロド地裁で鈴木さんの死刑判決が決定してしまいました。

死刑判決が出た理由としては、いくつかの要因が重なる不運がありました。フィrピンでは1994年1月に死刑制度が復活しました。しかも、新しい刑法のもとでは50グラム以上の所持はドラッグは死刑、750グラム以上の大麻は無期懲役または死刑に値すると改正されました。

だから、鈴木さんの死刑判決には、新しい法律の社会的アピールと言う意味があったのです。彼は死刑制度復活後フィリピン最初に死刑判決を言い渡されてしまった外国人になったのです。

Kは主任検事とは非常に親しく、判事の中にもKサイドの人間がいました。さらに日本大使館が全く動かなかったことも大きな要因でした。もし鈴木さんが大企業の社員だったら、公務員だったら、大使館はそれなりの対応をとったでしょう。

続く

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