<スポンサードリンク>

第9話 マニラのスラムは昔の日本の下町を彷彿させる

フィリピン・マニラのスラム

「タホゥ・タホゥ」フィリピンの甘い豆腐売りの声が聞こえてきます。暖かく単調な物言いが路地の合間をゆっくりと抜けていきます。スラム街でまだ暗いうちから動き出すのは働き者たちです。

デパートに勤めるフィリピーナ、ガードマン、食堂のウェイトレス、物売り…皆1日200ペソ程度の日給を得るために、暗いうちから身支度を始めているのです。

簡易なシャワーを浴び、髪を洗い、昨夜の粗末な残りご飯を食べ、渋滞に明け暮れる道路を何時間もかけてジプニーに乗り、出勤します。

icon-arrow2-r-sいつもの応援クリックよろしくお願いします。
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ

<スポンサードリンク>

フィリピンのスラムは日本の50年前の下町

シャワーの音や食器の音が消えると今度は怠情な、目が覚めればまた眠くなるような夢見心地の一時がやってきます。働き者が街から出かけた後は、全てがゆっくりと流れます。

頭の芯がぼーっとして何も考えられない時間です。ざわめきだけは沢山ありますが、時が止まっています。このぽっかりと空いた空間がスラムです。

低いトタン屋根が所狭しと並んでいます。サリサリストアーに群れる子供たち、路地にしゃがみ込んで選択をするフィリピーナ達、ブラブラと暇をつぶす男たち、その周りを駆け回る子供たちがいます。

満田の見たフィリピンのスラムの光景は昔を思い出させ、心を妙に落ち着かせます。「あ~、ここは俺の居場所なんだ」

東京の下町を歩くと、懐かしい光景を目にすることがあります。隣家と隣家がくっつきあって並んだ間口の狭い家々。家内工業らしき機械の音、小さな問屋、軒先に並んだ鉢植えのアサガオ。

日本の古い下町

今なお生活感のしみついた雑多な街の匂いがするのが下町です。しばらく歩いて鉄道の高架をくぐると、場のテンションが一気に高くなります。木造の小さな家々には韓国人の名前と日本人の名前が二つ並んでいます。

韓国料理店や惣菜屋から漂うキムチの匂い、どことなく高い音の響き、夕餉の仕事をする台所。狭い路地に子供が遊び、チマチョゴリ風の制服を着た高校生が自転車で走り去ります。

夏の夕陽が在日の人々を染めて、かつて日本の下町ならどこでもそうであったように、路地は日暮れのざわめきの中にありました。満田が育ったのはそんな街でした。

しかし昭和30年以降に再開発などで路地が無くなってしまいました。あるのは路地ではなくて、狭い道路にすぎません。満田の言う路地は、家が密集していながらも人目につかない、入り組んだ路地裏の事です。

喧嘩も悪いこともこの路地裏でみんなやっていたのです。

続く

<スポンサードリンク>

記事はお役に立てましたか?
応援クリックよろしくお願いします

 

dogeza2s
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ 

コメントは受け付けていません。

フィリピンニュース・更新情報


<スポンサードリンク>