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第14話 フィリピンパブの赤字はドンドン膨らむが支出は止まらない

フィリピン国旗

幸田はフィリピンに嵌っている満田たちを楽しませるために、いろんな事をしました。

満田がダイヤモンドホテルに宿泊する際、美しいフィリピーナ達に頼んで制服を着て貰って、満田がタクシーから降車する際に敬礼させてバトラーの役割をさせてもてなしました。

日本では到底できないことが、フィリピンでは格安で出来てしまいます。満田もこんなフィリピンが大好きで、とても満喫していました。そして、幸田のもてなしが満田にはとても心地よかったのです。

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フィリピン・スラムの子供たちに元気を貰う満田

しかし、時代の波は満田のお店を崩壊させるほどの痛手を与えていました。フィリピンパブを開店して1年後の平成7年の秋から、フィリピーナが入国できなくなってしまったのです。

これは日本へ出稼ぎに行くフィリピーナに対して、アメリカの要請によりフィリピン政府が厳しい条件を付けました。そのため、ビザを取得できるフィリピン人が激減しました。

フィリピンパブにフィリピン人が居なければ話になりません。全国に8,000点以上はあったと言われるフィリピンパブは、次々と閉店に追い込まれ、あっと言う間に消えてしまいました。

満田は、儲からなくてもいい、自分が楽しめて、赤字でなければよかったのです。しかし毎月大きな赤字を抱えるようになりました。

フィリピンとアメリカ

満田の店は新三河島駅の近くで、明治通り沿いのビルにありました。この店は他の店と全く異なりました。それはフィリピーナにとってとても働きやすい環境のフィリピンパブでした。

お店があるビルの上階にはフィリピーナが住める部屋があり、ベッドや家具も備えてあります。

満田の店ではお客よりもフィリピーナが大事にされていましたので、彼女たちにとって居心地のいい最高の職場だったのです。しかし、ホステスの数が減れば、お客の数もドンドン減ります。

平成8年に入ると一般のお客の数がゼロの日もありました。満田はついに借金まで抱えるようになりました。赤字続きで資金繰りが苦しくなっても、満田は変わりません。

フィリピーナが6か月間の日本滞在を終える際は、一人一人に10万円をポンと渡して、フィリピン帰国への土産としました。

続く

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