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第11話 フィリピン中毒者はフィリピンパブをやりたがる

フィリピンパブ

満田の彼女が生まれたサマール島には行きませんが、彼女の両親をマニラに紹介しました。サマール島と言う小さな島のさらに小さな村で育った両親からすれば、マニラはたまげるほど大都会です。

ゴーゴーバーやKTVなど知る由もなく、見るものすべてが生まれて初めてでした。フィリピーナの彼女の父は、極楽と錯覚するようなところでお金を使い、天にも昇る気持ちでした。

飲んで歌ってフィリピーナと騒ぎまくって、ハメを外していました。そんな父の様子を見た奥さんは激怒しましたが、父のテンションは上がりっぱなしです。

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フィリピン中毒者は常にフィリピンと関わりたい

「ワシはいつ死ぬかわからない」と言いながら、浮かれっぱなしです。満田も彼女の父の喜ぶ姿を見て嬉しく思っていました。平成5年に満田の義理父が亡くなりました。

「商いは商いでやりなさい」と満田を厳しくしつけ、お金にも非常にシビアな義理父でした。「割烹料理屋をやれないぐらいなら、決して他の商売に邸を出してはいけない」とさえ言っていました。

石橋を徹底的にたたいて商売をする義理父でしたから、商売も堅実でした。ギャンブルは一切やりませんが、株をコツコツ買って確実に資産を増やしていました。

バブルの頃は株だけで3億円を超えていたぐらいです。この資産を満田が相続したのです。バブル崩壊後に株価は下落していましたが、それなりの財産は十分にありました。

フィリピンにつぎ込んだお金は2億を超えていましたが、原資は義理父から相続した財産だったのです。

満田は妻とはとっくに別居していました。満田がフィリピンパブに嵌り、連日連夜通っていましたので当然の結果です。夫婦仲はそれほど悪くなかったのですが、義理父と妻との相性が非常に悪かったのです。

フィリピンパブ

そこに満田のフィリピン病が発病したので、別居する以外の選択肢は見つかりませんでした。妻は鍼灸師の資格を取って独立したいと満田に話しました。

満田は快く応じます。NOと言わない、言えない男ですから、妻からの言い分も素直に受け入れました。妻は二人の子供を引き取り、鍼灸師の資格も取って独立し、満田とは離婚しました。

もし、満田が家庭を大事にし、フィリピンに大金を捨てるような真似をしなければ、離婚はしなかったはずです。フィリピンに嵌って嫁さんに逃げられた中高年男性の多さはハンパではありません。

満田は日本で自己崩壊作業の最終段階として、フィリピンパブを作ろうと考えました。義理父が死んで遺産が入ったせいもありますが、彼は自分のフィリピンパブが欲しかったのです。

フィリピンに嵌った中高年がやりたがる商売が、フィリピンパブとプロモーターです。プロモーターはお金のために日本へ行くフィリピーナを仲介する仕事なので、あまり威張れるの仕事ではありません。

しかし、フィリピン中毒者はプロモーターが素晴らしい仕事のように勘違いするのです。

続く

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