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第三話 バコロド市民は鈴木さんを無罪だと信じていた

フィリピン・カオリン

バコロド市内のカジノやカラオケ、ホテル、レストランなどが集まっている歓楽街の一画に、立派な造りの「ガーデン・ホテル」があります。ホテルの二階に、現在は閉っていますが、名古屋レストランと言う日本食のレストランがありました。

その店を経営していたのがKと言う日本人でした。鈴木さんがバコロドまでわざわざ足を運んだのは、Kさんのお兄さんから儲け話を持ち掛けられたからです。

Kさんの兄はフィリピンから大理石を輸入していて、商売を一緒にやろうと言って鈴木さんを誘いました。それは1990年9月の事で、鈴木さんは33歳でした。

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フィリピンで商売するのは簡単ではない

当時の鈴木さんはOA機器販売の会社を退職して、いやゆるぷー太郎をして先が見えない状態でした。有り余る時間を埋めるために夜遊びをし、借金が200万円ありました。

更には奥さんが妊娠し、お金に困っていました。大理石の話が舞い込んできたとき、この商売で儲けるしかないと思ったのです。

Kの兄がバコロド市のへんぴなところに住んで、フィリピン人の恋人がバコロド出身だったからで、弟のKもバコロドにフィリピン人妻と住んでいました。

バコロドを訪問した鈴木さんは、物腰の柔らかいKさんと親しくなり、やがて大理石ではなく、カオリンと言う粘土を日本へ輸入する仕事をKさんと組んでやるようになりました。

ガーデンホテルに勤務する従業員はこんな風に話します。

「Mr.Kはバコロドに家族があり、黒のベンツに乗っていました。日本人が来るとゴルフをし、酒を飲み、女性を紹介していました。Mr.Suzukiには特定のガールフレンドがいなかった。いつも違う女性でした。

フィリピン・カオリン

Mr.Suzukiは特定の女性と交際することはしなかった。Mr.Suzukiは無罪だよ。だからバコロドの拘置所にいたとき、みんなで面会に行ったんだよ」

ホテル従業員の話しぶりから、Kも鈴木さんも地元の人たちとは上手く付き合っているような感じでした。

さて、肝心のカオリンの商売ですが、焼き物の街の瀬戸市に売り込んだところ、あわやと言うところまで話が進みました。しかし、トラブルが生じてしまい、失敗してしまいました。

損害が出てしまいました。お金のことでKさんと揉めてしまい、鈴木さんはカオリンから手を引き、地道に働くために名古屋の引越し屋に就職しました。カオリンの商売がらみで、Kに250万円の金を貸していました。

Kとも返済の事やらでいざこざがありました。そうこうしていると94年3月に、Kから連絡がきました。

「借りたお金を返したいから、こっちに来れないか?」

続く

 

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