<スポンサードリンク>

No.1 真面目一筋で暮らした中年がフィリピンパブで開花してしまう

工場

60歳といえば一般的には定年を迎えていたり、雇用延長で仕事を続けている男性が多いでしょう。還暦と老人という門をくぐり、ゆっくりと余生を過ごす時期です。

十数年前までは老後を楽しめる日本人が多かったと思いますが、最近は老後破産という言葉が流行するほど貧困老人が増えています。

今の40代、50代は10年、20年前の40代、50代より収入が減り、正社員という地位にもありません。ですから、今の40代、50代が60歳を超えて老後を迎えると、更に貧困老人が増えるのが見えています。

icon-arrow2-r-sいつもの応援クリックよろしくお願いします。
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ

<スポンサードリンク>

50歳を超えてフィリピンパブのフィリピーナに嵌ると抜け出せない

これから日本は更に格差が広がり、一部の富裕層と多くの貧困層というフィリピンのように変化していきます。真面目に会社勤めしていれば、報われるという日本ではありません。

そんな日本で、会社と家の往復を30年間に渡って繰り返し、まじめに生きていた1人の男性がいます。彼は真面目を絵に描いたような男で、会社も休まずにきっちりと働いていました。

工場

高校卒業後に製造業の大手に就職しました。就職して数年後に社内恋愛で結婚しました。新婚当初はアパートに奥さんと住んでいましたが、子供が直ぐにできたので奥さんの実家に同居しました。

奥さんの実家から工場まではバイクで3分ほどの距離を往復する日々が続いていました。工場では熟練工の域に達していて、高卒の割には出世をしました。

熟練工でもあり、真面目でしたし、面倒見も良い男でした。朝の8時には工場で仕事が始まり、夕方5時にはきっちり仕事が終わります。残業があっても夜の8時か9時には帰宅していました。

彼が工場に就職して数十年間は、終身雇用制と年功序列の時代でした。彼にはそれなりの能力がありましたが、少々能力がなくても、そこそこの給与が貰えました。

彼は高卒で役職がありましたので、年収1,000万円近くを手にしていました。仕事が終わればバイクで自宅に帰り、家族で御飯を食べて、風呂入って寝るという生活です。

お酒は殆ど飲みませんし、趣味といえばたまに行くゴルフぐらいです。マスオさん状態でしたから、羽を伸ばすことは難しかったかも知れません。

それでも幸せな家族として30年近くを過ごしました。

30年近くを普通に過ごしてきましたが、転勤で単身赴任をすることになりました。大手の製造業に勤務するサラリーマンですから、転勤するのはやむを得ません。

彼は単身赴任先でも真面目に暮らしていましたが、仕事の帰り道に同僚たちと飲みに行きました。

フィリピンパブ・居酒屋

居酒屋で軽く飲んだ後、彼はフィリピンクラブへ誘われたのです。「フィリピンクラブへ行った時の印象は、つまらないの一言でしたね。場違いだなと感じました」

初めて同僚といったフィリピンクラブでは、何も思いませんでしたが、別の日に行ったフィリピンクラブで大きな変化を迎えます。

彼の隣の席で飲んでいた同僚が、隣りに座るフィリピーナに口移しでアメをもらっていました。彼は「よくやるよな」と思いながら同僚を見ていました。そう思っていると彼の隣りに座るフィリピーナが、アメを口に含んで彼の顔につき出しました。

続く

<スポンサードリンク>

記事はお役に立てましたか?
応援クリックよろしくお願いします

 

dogeza2s
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ 

コメントは受け付けていません。

フィリピンニュース・更新情報


<スポンサードリンク>