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日本人だとわかれば殴りかかってきたフィリピン人達

フィリピンの古い写真

マラテを歩いていると金欲しさにちびっ子が寄ってきたり、怪しげな人間が近づてい来ることがあります。
 
彼らは金が欲しいために近づいてくるのであって、日本人が憎くてぶちのめす為に近づい来るわけではありません。ですからお金を渡せば、それほどの被害に遭うことはありません。
 
今でこそ親日なフィリピン人が増え、日本とフィリピンの経済活動、人的国交、政治家のつながりも増えました。フィリピン人に『何人?』と聞かれて、日本人と答えても嫌な顔をされることはほぼないでしょう。
 
しかし、1960年代、1970年代のフィリピンは日本人に対して、嫌悪感を持っていました。第二次大戦による被害を受けたフィリピン人が沢山いましたので、やむを得ません。
 
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日本人が生きにくい時代があった

 
2014年にフィリピンで暮らすのと1960~1970年代にフィリピンで暮らすのは、雲泥の差があります。ある日本人は1964年にマニラで暮らしていました。
 
今でも警察が機能しない国なのに、1960年代と言えばまさに無法地帯だったでしょう。この無法地帯のフィリピンに移住してきた日本人は、サンタクルスの路上で数人の男に取り囲まれました。
 
取り囲まれるや否や有無を言わさずに、殴る蹴るの暴行が始まります。このまま殺されるかもしれないと思うほど、暴行されて命からがらその場から逃げたそうです。
 
当時は日本人に対して憎悪を抱くフィリピン人が多かったので、日本人と言うだけで襲い掛かってくるのが日常茶飯事だったそうです。
 
フィリピンの古い写真
 
彼はこのままでは街を歩くたびに殺されかねないと思い、平屋のアパートの屋根によじ登り体を焼きました。現地人の肌の色に可能な限り近づけ、見た感じ日本人には見えないように風体を変えました。
 
体を焼いて洋服もフィリピン人風にすることで、一瞬はフィリピン人には見えませんが、やはり仕草や話し方で日本人だと気づかれます。気付かれるたびに、また殴り掛かられるかもしれないと恐怖だったそうです。
 
今のフィリピンからは考えられませんが、30年以上前にフィリピンに移住した人たちは相当苦労したそうです。それでもめげずにフィリピンに根をおろし、生活したり、仕事をしたと言います。
 
こういった先人の苦労があるからこそ、今の我々はフィリピンで楽しく過ごさせてもらえますね。
 
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