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第二十話 フィリピンでは貧乏人が貧乏人を助けて支え合っている

フィリピンの子供

彼はフィリピンの泥沼にどっぷりと浸かっていました。フィリピン人は彼に向って言います。
 
「お前は本当にマテガス・ウロ」だな。(頭堅いな)
 
彼はフィリピン人に小馬鹿にされても、自動車に関わる仕事を止めませんでした。彼はフィリピンで自動車関係の仕事に就くのが好きで仕方なかったのです。
 
彼がフィリピンにいる数年はドツボに嵌ったように、フィリピンのマジックから抜け出せずにいました。やることなすこと裏目に出て、散々な日々を過ごしていました。
 
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人から支えて貰う有難さをフィリピンで知る

 
修理で入ったお客の車を、興味本位とテスト兼ねて試運転すると新車の車にオカマを掘って事故を起こしてしまいました。また、日本に発注した部品が入らず大損害を受けたこともあります。
 
義理父ががんになってしまい、莫大な治療費がかかったこともあります。いずれ死ぬのが親ですが、やはり奥さんからすれば大事な父親です。そう簡単に諦めきれません。
 
毎日の薬代だけでも2,000ペソもかかり、お金が無くなってしまい、ノーチョイスになってしまいました。家にはお米を買うお金さえなくなってしまいました。
 
生活費に事欠くようになると、彼が朝までタクシーを自分で運転して得た小銭を、子供たちの弁当代として渡す貧乏な日々が続きました。不思議なのは究極の貧乏が続くと、気持ちが転換するのか、頭がおかしくなるのか、不思議と笑える気持ちが湧いてきます。
 
フィリピンの子供
 
どん底になると、ある種の快感が湧き上がってくるのです。本当に何もかもが無くなり、取られるモノが無くなってしまうと、意外にリラックスできるものなのです。
 
心の中にあった警戒心が吹き飛んでしまい、とても自由な気持ちになります。どん底な生活での快感、彼にとっては自虐的な意味ではなく、のびのびとした快感でした。
 
日本人なので、いつもお金を盗られて被害を受けていましたが、今ではすってんてんのフィリピン人と同じです。仕事をした代金を回収するのに、ガソリン代が無いことも頻繁にありました。
 
そんな時は、この鬱蒼としたフィリピンを歩いて貰いに行きました。まさにこのフィリピン人と同じ空気を吸い、同じ食べ物を食べ、同じ涙を流すといった一体感を味わいました。
 
彼が困窮状態のとき、マニラの路上に沢山いるタバコ売りの子供たちやポン引き、立ちんぼの女性が、50ペソ、100ペソを貸してくれるのです。時にはお客から太いチップを貰った女性が、「お互い様だからね」と言いながら、1,000ペソを握らせてくれます。
 
彼が本当にお金が無いことを察知して、彼らも決して裕福ではないのに、さりげなく気を使ってくれるのです。
 
続く
 
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