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第一話 日本の厳しい競争社会から脱落した男たちが集うマニラ

日本のバブル期

日本の環境は刻々と変化し、厳しい競争と格差が固定化する社会が形成されつつあります。この厳しい格差社会の日本からドロップアウトしてしまう人は毎年増え、自殺者は一向に減りません。
 
日本の自殺者は年間3万人と発表されていますが、実は違います。日本には年間11万人ほどの変死者がいます。WHOではその半分を自殺者としてカウントするので、公表すべき自殺者数は本当は11万人です。
 
これは実に他の先進諸国の10倍です。ドロップアウトしてしまうと復活が難しい社会なので、絶望から自殺する人が多いのは事実です。自殺しないまでも、生きていくのが嫌になり、お先真っ暗な状態です。
 
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仕事だけの人生に疑問を感じフィリピンパブに出会う

 
このお先真っ暗な状態の中で生きている人間にとって、マニラほど人間を堕落させる要素が揃っていて、この堕落が恐ろしく魅力になっている都市は、世界広しと言えどなかなか見つかりません。
 
マニラはありとあらゆる猥雑な欲望が生い茂る地となっています。このマニラに惹きつけられ、翻弄され、痛めつけられてボロボロになっても惹きつけられてしまいます。
 
こんな街に惹きつけられてしまう男たちの滑稽な姿は、35歳の男としては哀れな自画像として映ります。とはいえ、自分の将来像が単純に描けてしまう時代の日本の男たちにとって、マニラの黒くよどんだ水で顔を洗うことは、冒険への渇望を取り戻すと言う意味で決して酔狂一筋というわけではありません。
 
今から28年前の1987年に、ある日本人がマニラにやってきてフィリピンの魅力とぬかるみから抜け出せなくなったしまいました。抜け出そうとしてこともありましたが、それ以上に泥から抜け出させないフィリピン人の手から抜けられませんでした。
 
当時はバブル期で、彼は横浜の装飾催し会社に彼は勤めていました。当時26歳でした。一流百貨店に勤務する人間に馬鹿にされないように、ブランド物のスーツを着て、飲ませ、食わせて仕事を受注しました。
 
日本のバブル期
 
一心不乱に働きました。帰宅は早くても夜10時で、始発で帰ることも珍しくありませんでした。催しがあれば徹夜、徹夜の連続で、仕事の充実感を覚えることは出来ましたが、将来出世して支店長になったところで同じです。
 
常に、現場で徹夜が続く将来が今後も続くことに、不安と不満が入り混じりました。そんなある日、下請け業者からの接待を受けた彼は、あるフィリピンパブに足を踏み入れました。
 
当時のフィリピンパブのけばさは今とは比べ物になりません。”いかにも”と言ったソファーに座ると、真っ赤なドレスを着たフィリピーナが、どぎつい化粧と鼻が曲がるほどの香水をまき散らしながら彼の隣に座りました。
 
彼がこのフィリピンパブでド派手なフィリピーナのモニカに出会わなければ、普通に課長、部長と出世して、一日中仕事をしていたのです。結婚もして、子供も出来て、浮気なんかして家庭内不和が起きて、冷めた夫婦になっていたはずです。
 
続く
 
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