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第三話 フィリピンに住み続けるか日本に帰るか、究極の選択

フィリピンの田舎

息子はフィリピンに行くことが乗り気ではありませんでした。精神的に病んでいる状態で、フィリピンというわけのわからない国に行って、何になるんだろうと思っていました。
 
父と母の説得によって一時的にフィリピンに渡航しました。彼は若いころアメリカへは行ったことがありましたが、日本以外のアジアは初めてです。また、フィリピンの印象はあまり良いものではありませんでした。
 
それでもと思いフィリピンに渡航しました。フィリピンと言っても場所によって全く景観や治安が異なります。父母が住んでいたところはマニラから少し離れた地方で、治安は比較的良い場所でした。
 
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フィリピンも地獄・日本も地獄

 
彼が想像していたのとは全く異なる感じで、平和でのんびりしていました。子供たちが外で元気に遊んでいる様子は微笑ましくもありました。食事はお手伝いさんと母が作ってくれましたし、父母はリビングでテレビを見たり、本を読んだりしてくつろいでいます。
 
時間がとてもゆっくり流れる場所でした。彼は英語もタガログ語も出来ませんので、外出することはありませんでした。父親がたまに買い物で近所に行くぐらいで、父母も殆どの時間を家で過ごしました。
 
そうこうしていると帰国日が近づいてきます。しかし、彼は帰国することに極度の不安がありました。なぜなら一人で飛行機に乗る自身が全くなかったのです。
 
言葉話せない、台北経由なので飛行機も乗り換えなければならないことは、彼にとってあまりにも高いハードルでした。日本に来る前からわかっていたこととはいえ、帰国日が近づいて来ると冷や汗が止まりませんでした。
 
フィリピンの田舎
 
父母は彼がこのままフィリピンに住み続けることに関して、異論はありませんでした。むしろ近くにいてくれた方が嬉しいぐらいです。彼はこのままフィリピンに住もうかと思いましたが、統合失調症の薬を1か月分しか持って来ていません。
 
薬が無ければ不安で眠れないですし、妄想が始まってしまいます。そうこうしている内に帰国日が来てしまいましたが、彼はフィリピンに住む決意をしました。
 
父母は彼のために近くの病院でうつ病に効くと言われる薬を貰ってきました。フィリピンの病院が渡す薬の信頼度は低いですが、飲む以外に選択肢はありません。
 
フィリピンで渡される薬を飲み続けますが、最初の頃は妄想が頭をよぎり、周りに住むフィリピン人達が自分を殺しに来ると思っていました。
 
自宅で調理や掃除をしてくれるメイドさんをも恐怖に感じていたぐらいです。
 
こう言った厳しい期間が10日間ほど過ぎ、次第に薬にも慣れて以前のように平穏な自分を取り戻せるようになりました。
 
続く
 
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