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第二話 フィリピン人を知るためにフィリピンの歴史を振り返る

コーリーアキノ

1965年の丸浩政権発足から21年間の評価はわかれます。発足当初は聡明さから抜群の支持がありましたが、1972年の戒厳令施行を経て腐敗政治へと急降下し、フィリピン経済発展の阻害要因になったと言われています。
 
しかし、マルコス政権時代が良かったと振り返る国民も多く、いずれにしてもフィリピンの一時代を築き上げた政権でした。1983年にマルコスの宿敵であった元上院議員のペニグノ・アキノが空港で暗殺されました。
 
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マルコスの失脚とアメリカCIAの関係

 
ペニグノ・アキノはマルコスの宿敵でしたが、フィリピンの知識層の支持を得ていました。しかし、マルコスからの攻撃から逃れるために海外へ逃亡していました。
 
自分が犠牲になることで、フィリピンのためになるならと海外からフィリピンに帰国を決意ました。飛行機のタラップを降りると同時に狙撃され死亡しました。
 
そして妻のコーリーアキノが遺志を継いで大統領に立候補しました。
 

 
マルコスVSアキノの大統領戦が行われましたが、結果はマルコスの勝利となりました。
 
しかし、1986年2月、不正選挙であったと抗議しケソン市のキャンプ・アギナルド基地に立てこもったラモスなどの将校をマルコスの手から守ろうと群衆がキャンプを取り巻き、軍の攻撃を防ぎました。
 
結果、逆にマルコスが国を去らざるを得なくなり、民衆による無血革命が無事に成立しました。これをエドサ革命と呼び、事件が発生した2月15日は祝日になっています。
 
エドサ革命は表面上では民衆による革命とされていますが、実際はアメリカCIAによる見事なまでの民衆工作だったと言われています。
 
もちろん真相はわかりませんが、フィリピンもアメリカの参加にありますので、アメリカの国益通りにあらゆる点が工作されているのは間違いないでしょう。
 
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