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第一話・フィリピン人の助けなしには介護地獄から抜け出せない日本

フィリピン人の介護

定年後の介護地獄を味わう日本人が増えています。比較的安価で入所できる社会福祉施設、特別養護老人ホームはどこもいっぱいで、特別養護老人ホームは入所に数年待たなければなりません。待っている間に死亡することは頻繁に起こっています。
 
ある女性(友子さん)は大手の民間会社を無事に定年退職しました。勤めているときは必死に仕事をこなし、女性でありながらソコソコの地位まで昇進して退職しました。友子さんは退職後は好きなことをしながら、のんびり暮らしたいと思っていました。
 
しかし、そんな夢は吹き飛び、待っていたのは介護地獄でした。
 
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第二の人生は介護地獄から始まった

 
友子さんの母親が心臓の手術を行いペースメーカーを入れていました。医者からは当分、動いてはいけないと言われていたのに動いてしまい、脳梗塞になってしまいました。母親の介護は父が行っていました。父親はとても優しい性格で、友子さんは父のことが大好きだったそうです。
 
そんな父も病気にかかってしまい、父と母の両方の面倒を見ながら、友子さんは仕事をこなしていました。管理職クラスにいたので仕事は忙しく、分単位でこなしていましたが、自宅でも父と母の両方の面倒のため、忙殺されました。
 
そんな生活を数年送り、最愛の父親が亡くなり、そして定年を迎え、友子さんと母親の暮らしが始まりました。友子さんが働いていた時はヘルパーさんに頼んで、介護をして貰っていましたが、母親はいつもヘルパーさんといざこざを起こします。
 
少しでも自分が気に入らないと役所に電話をかけて、ヘルパーさんの悪口をいったり、有りもしないことまで捏造して話します。このことによってヘルパー派遣をしている業者にも多大な迷惑をかけていました。
 
自己中心的な母親で憎まれ口しか叩かない人間でした。
 
フィリピン人の介護
 
育ててくれた親を憎んではいけないと思いながら、他人に迷惑をかけ、やりたい放題の母親に彼女はうんざりしていました。思ってはいけない、思ってはいけないと思いながら、何度も母親が早く天に召されないかと願ったそうです。
 
可愛げのない老人ほどタチが悪いものは無いとよく言います。
 
退職して、あれもやりたい、これもやりたいと思っていたのに、母親の介護とわがままで何一つ好きなことが出来ない友子さんは、あまりにも母親のわがままぶりに切れてしまったことがありました。
 
「お母さん、あなたの存在が娘の自由を奪い、大きなストレスを与えているのよ」と。
 
普通の母親でしたら反省でもするのでしょうけど、母親は涼しい顔で友子さんに言いました。
 
「へぇ、そうなんだ、運命だと思ってあきらめなさい、あなたは私が死ぬまで介護をする義務があるのよ」と…。
 
続く
 
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