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第五話 日本での介護事業の破たんとフィリピンを選択するまでの苦悩

超高齢社会

介護は真心と言った綺麗な話をする学者や介護未経験の人がいますが、現実は苦しい介護地獄との戦いとも言います。ローズプリンセスホームの代表・棟朝氏は「介護はプロセスである」という考えに最終的には到達しました。
 
このプロセスをどのようにシステマチックに作れるかで、ビジネスとして成り立つかが決まります。人は朝目覚めてから夜寝るまでに280くらいの動作をするそうです。歯ブラシを取る、歯磨き粉を付ける、歯を磨く、口をゆすぐなど、動きを全て書き出し、時間の計算をしました。
 
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介護事業をシステマチックにビジネス化する

 
棟朝氏は人間の動きにかかる時間を計算し、発生するであろう費用を計算しました。工場などでは当たり前のことですが、介護現場でこういった生産コストを計算するのは、当時としては非常に珍しい事でした。
 
彼は老人ホームをレストランとして例えて、お客さんがメニューの注文をする際に、ウェイトレスが何分以内にテーブルに到着し、注文を取れるかという動線の発想をしました。コンサルティング会社が飲食店などをコンサルする時に使う手法の一部です。
 
この結果、8人のお客さんに一人の介護士が専従で付き添い、介護士は高齢者のことを家族並みに知っていることが理想だとわかったのです。そして棟朝氏はこのシステムをケア8(エイト)と名付けました。
 
老人大国日本
 
このケアエイトを実行するためには、一人当たり、1か月42万円の費用が必要だという計算結果でした。1か月に42万円も払える高齢者がそうそういる訳ではありません。ここでひらめいたのは信託銀行と組むことです。
 
介護を受けようとする人の自宅を信託にして、利息分を介護に回すことを考えました。当時の信託財産の利息は6%前後でしたので、年金と合体させれば、元本に手を付けずに1か月42万円のねん出は可能だと弾き出しました。
 
信託銀行もこの話に乗り、事業を立ち上げました。神奈川県に3,000坪の土地を購入し、認可も取り、介護施設ケアエイトの建設に着手しました。しかし、バブル期の88年に大蔵大臣が金利を下げると発表します。
 
計画はその日のうちに根底から崩れてしまいました。本来でしたらこのまま頓挫ですが、すぐに購入した3,000坪の土地の3分の2を売却しました。事業取りやめの決断が早かったので、売却益だけで十分にお釣りが出ました。
 
難を逃れた棟朝氏ですが、日本での介護事業に大きく疑問を持たざるを得なくなりました。今後介護事業をどこでどのように展開するかを考えているとき、彼のお父さんから「フィリピンへ行ってみたらどうだい?」と言われました。
 
ここから大きく介護事業の転機が訪れました。
 
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