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No.10 愛しのフィリピーナの家はスラムのど真ん中だった

フィリピン・スラム・サンタクルス

空港に迎えにこない、電話しても出ないフィリピーナの自宅に向かった彼です。彼を乗せた車はしばらくすると大通りに出ました。「シャチョー、サンタクルスな、ツイタナ」とタクシーの運ちゃんがいいます。

初めてフィリピンに行った時、いろんなフィリピン人に「シャチョー、シャチョー」と連呼された日本人は沢山います。誰が教えたのか知りませんが、日本人に対しては「シャチョー」と呼べばOKみたいな風潮が今でもあります。

アイタタ親父の私達も「シャチョー」と呼ばれて悪い気はしません。ですから「なに?」と返事をしてしまいます。世の中は上手く出来ているもんだと感心します。

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フィリピンのスラムの中を実際に歩いた日本人は少ない

運チャンが着いたといったサンタクルスはマカティなどとは全く異なり、ごちゃごちゃとした街でした。小汚い文房具屋、電気屋、靴屋、雑貨屋などが立ち並んでいます。

フィリピンを初めてみた時は何もかもが新鮮だったと思います。食べ物、飲み物、道路、建物、スラムなど、すべてが新鮮に見えたものです。彼もサンタクルスで見るもの全てが新鮮に映りました。

サンタ・クルスはフィリピンの中でも下町です。更に歴史が古い町です。マニラはパシッグ川の河口に開けた街で、今でこそメトロマニラの中心はマカティに移りました。

しかし、かつては川を渡った北側が中心地だったのです。スペイン人の居住地だったイントラムロスもこちら側ですし、マニラ在住日本人の長老、大澤清の本によれば戦前、日本人もほとんどがこちらがわに住んでいたと書かれています。

今ではキアポ、サンタクルス、トンドは擦れっ枯らしのスラムになっていますが、実は歴史が古い町のようです。

東京で言えば浅草のような感じでしょうか。彼は浅草の吉原生まれですから、下町の持っている品の悪さとそこの奥深さを受け入れていたようです。サンタクルスの恐ろしく細い路地でも抵抗なく歩けていました。

フィリピン・スラム・サンタクルス

太陽が射さない路地裏は道はボコボコでジメジメとして暗く狭いです。刺青をガッツリとして目が飛んでいる男がウロウロしていたり、ボロボロの犬、裸の子どもたちがウロウロしていて、二階に干している洗濯物からはしずくがボトボトとおちています。

ドブは詰まってしまっていて汚水が溢れ、色んな所に生ごみが散らばっています。やたら水たまりばかりがあって、じめじめ感がハンパではありません。

生ごみの腐った匂い、すえた油の匂いが充満しています。そんな場所の一角にJOYの家がありました。運転手と案内人を兼ねている運ちゃんが、小汚い掘っ立て小屋を訪ねました。

掘っ立て小屋から家人が出てきて、タガログ語で運ちゃんと何やら話しています。

そして運ちゃんは彼に話します。「JOYは3年前にここに住んでいた。いま、いないね」

運ちゃんは申し訳無さそうに彼に話してくれました。彼のことを流石に不憫に思ったのでしょう。「シャチョー、フィリピン人、うそつくね、ダイジョウブ」と慰めてくれました。

続く

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