<スポンサードリンク>

No.5 猿顔とイメージしたフィリピーナは心を奪われるほど美しかった

バコロド・フィリピン

無我夢中で声をかけた女性から「じゃ、来週行くわね」と言ってもらったものの、社交辞令を沢山経験していましので当てにはしていませんでした。しかし、声をかけた女性が翌週には約束通りホスト・クラブへやって来たのです。

その女性はある大企業の部長の奥さんでした。新宿にはお花の稽古に来ていました。お花の稽古に来ていた時に彼から声をかけられ、ホスト・クラブへ誘われたのです。

この奥さんは物事をとてもまじめに考えるタイプで、一度口にしたことはきちんと実行するタイプでした。ですから約束をやぶること無く、きちんと同伴出勤をしてくれました。

icon-arrow2-r-sいつもの応援クリックよろしくお願いします。
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ

<スポンサードリンク>

フィリピン人を馬鹿にした日本人はフィリピンにハマりやすい

同伴出勤をしてくれたのは有りがたかったのですが、なんとご主人も一緒に同伴でした。恐ろしく健全な雰囲気を持つ夫婦とゲスなホストが一緒にホストクラブへ同伴するわけです。

ホスト・クラブの中は思わずざわつくほどでした。

色恋沙汰は一切ありませんが旦那さんも気さくな人で、3人で楽しくホストでお酒を酌み交わしました。次の週からは奥さんが友達を連れて来てくれたりして、来る度に30万円ほど落としていってくれました。

彼からすればこれほど有り難いお客さんはいませんでした。

ホストになりたての頃はお金がありません。借金をして背広を買い、靴を買って身なりを整えました。当時はやっていたデュポンのライターが欲しい、ロレックスがほしい、ベルサーチがほしいと欲しいものがいっぱいでした。

欲しいものがいっぱいですが、そのセンスたるや一般人からすれば明らかにずれていました。他の人間からすればどうでもいい派手な身なりや着こなしが、狭いホスト業界の中では大事だったのです。

シルクの背広で体を包み、フェラガモの靴を履き、腕には金無垢のロレックスをして、香水はアラミスを使っていますから、誰がどう見てもホストの出で立ちです。

マニラに沈没している困窮邦人や中高年達は、ホストのような格好の出で立ちではありません。中にはハンパなチンピラもいて、肩で風を切って歩いていますが周りの皆は笑っています。

新宿歌舞伎町・ホスト

彼がホストをやっていた時はまだ若かったですから、若さゆえの出で立ちだったようです。そんな彼もホスト業が板につき、いろんな女性から貢がれるようになりました。

籍こそ入れていませんが、一緒に住んで全てを面倒見てくれる女性も現れ順風満帆でした。ホストという仕事ですから女性と関係を持たざるをえない時もあります。

それでも同棲してくれている女性は嫉妬心をグッとこらえて、彼を応援してくれました。そんな彼女ですが彼がフィリピーナと関係を持った時は激怒しました。

「なんでこんな女ななのよ、なんでフィリピン人なのよ」と彼に殴りかかるほどでした。1980年代前半はフィリピンパブがまだ珍しく、多くの日本人は異フィリピン人を原始人のように想像していました。

フィリピパブができ始めると物珍しさもあって、いろんな日本人がフィリピンパブを訪れました。するとどうでしょう、想像していた原始人とは全く異なるフィリピーナが沢山いるのです。

皆モデルのようなフィリピーナばかりで、165cmぐらいの身長でスラっとした綺麗な足を持ち、スパニッシュ系の人形のような顔をしていました。

しかもフィリピン人独特の明るさを持ち合わせ、素直な子ばかりでしたから相手を軽く見ていた分、こちらがズッポリを嵌ってしまうことになります。それまで持っていたフィリピーナのイメージが完全に吹き飛び、この世には未知なるものがあるんだと感じるほどでした。

その未知なるものに知り合えたことが嬉しくて堪りませんでした。

続く

記事はお役に立てましたか?
応援クリックよろしくお願いします

 

dogeza2s
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ 

コメントは受け付けていません。

フィリピンニュース・更新情報


<スポンサードリンク>