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No.13 フィリピンに住む落ちぶれた日本人の仕事の殆どは怪しい

フィリピン人・笑顔

セブに住んでいた元ホストは、日本からやってくる日本女性を昼も夜ももてなしました。もてなしながら自分も満足したいので、フィリピンでは簡単に手に入る薬を使ってしまい嵌りました。

女性と結ばれる時に使用することで、今までに感じたことがないレベルの感覚を味わい、その感覚が6時間、7時間と続きました。

更にフィリピンという環境はすべてが緩いです。ドゥテルテ大統領のように強行して薬を取り締まってくれる人はいません。下手すれば警官がそれをビジネスにして儲けています。

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フィリピンで落ちぶれている人間には近づかない方が…

今でこそ多少発展しているフィリピンですが、1990年代初頭はいろんなことでやりたい放題でした。ですから、元ホストも法律を逸脱したところで、誰からもお咎めがありません。

しかし、お咎めは突如やってきます。他人からのお咎めではなく、自分自身が勝手に見えてしまう幻影によってです。彼が朦朧として浸っていると、突然、蛇口から小さな警官がうじゃうじゃと飛び出てきます。

そして小さな警官たちが彼を睨んでいます。彼はびっくりして、蛇口の穴を必死に塞いでしまいました。すると今度は、窓の隙間から小さな警官たちが、こちらを覗いているのです。

まさに薬による幻覚が彼にも始まってしまいました。幻覚が始まると同時に日本での仕事による収入はどんどん減っていきます。

収入が減れば遊び回ることも、幻覚を見ることも出来ません。更に収入が減ってセブでの生活費さえ事欠くようになりました。一緒に暮らしているジョアンは「またゼロからスタートすればいいじゃない。おいしいものが食べられなくても、どうってことないよ」とあっけらかんとしています。

ジョアンは貧乏になれていますので、再びどん底の生活になっても、それはそれで何とかなると考えていました。1ペソも手元になくなってしまうことが、どういうことかを身をもって体験していますので、貧乏が怖くないのです。

貧しさと折り合いをつけて、うまく身をかわして耐える術を子供の頃から体験していたからこそです。

フィリピン・マニラ

お金がないときのフィリピン人笑顔に何度も救われて、自分も彼らのような欲のない笑顔を持ちたいと思っていました。しかしジョアンに渡すお金がほしい、借金を返したいという思いが満載したので、顔は歪んでいました。

貧乏は貧乏でそれなりに居心地がいいものだと分かるまでに、彼にはもう少し時間が必要でした。お金がなくなるとアタフタしてしまう元ホストは、とりあえず一旦日本に帰国しました。

人夫出しのしごとの立て直しを図りましたが、すでにバブル崩壊後です。中々仕事がうまくいかず、途方に暮れる毎日でした。そこで現状をジョアンに連絡すると「私が日本に行って稼ぐよ、あんたはフィリピンで子育てをやって!」と力強いことをいってくれます。

これがフィリピン女性の力ですね。フィリピンの男は本当に働きませんが、これはある意味フィリピーナが強靭な精神力と労働力を持っているからです。

ジョアンはすぐに日本に戻ってフィリピンパブで愛想を振りまいて働きました。元ホストはフィリピンに戻り、ジョアンからの送金で生活し子供を育てました。

こういった日本男性の話は今でも聞きます。

フィリピンで50代以降の中高年が何処かに就職できることはありません。就職できたとしても、KTVや日本食での下働きです。生活していけなくはないですが、そこそこ貧乏です。

フィリピンに沈没しながら生活する他の方法は、フィリピーナをフィリピンパブに送り込むプロモーター、日本から遊びに来る日本人のツアーガイドです。元ホストもこれらを経験し、イミテーションの結婚ビザづくりにも手を出していました。

元ホストは、パサイロードにあった最高級クラブのベイサイドでナンバーワンをはっていたチョコというフィリピーナと知り合いました。以前はナンバーワンでしたが、今では落ちぶれてポン引き家業を身を投じる婆さんです。

続く

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