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第三話 フィリピーナという癒しを輸出したフィリピン政府

フィリピンの子供

日本に住んでいる高齢者向けの婚活が、密かに流行りだしていますが、世間の目は厳しいと言えます。「いい年して…」が第一の要因です。特に高齢男性にとって、日本で新たなパートナーを見つけるのは難しいです

こういった現状がある日本では、性を満足することが出来ません。しかし、フィリピンを初めとする東南アジアでは、彼らの性を満たし、パートナーを見つけることが出来ます。

フィリピンは癒しだけではなく、彼らに「恋」という生きるエネルギーを与える場所でもあります。フィリピンに来る外国人が沢山のお金を落としていきますが、その30%は夜の商売の利益からと言われています。

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フィリピンは国を挙げてフィリピン人を世界中に派遣している

フィリピンは男性、女性、ゲイ、レズビアンなどの性に関して、とても寛容な国です。寛容とも言えますし、野放しともいえるかも知れません。

こうした男女に関して解き放たれている空気を持つフィリピンの中で、沢山の男女が出会える場所が用意されています。マカティ、マラテ、マビニ、パサイ、セブ、アンへレスなどには、沢山の夜の商売が存在します。

東京の六本木や歌舞伎町、新宿、渋谷などは確かに世界クラスの規模です。世界一の歓楽街と言われています。

フィリピンの歓楽街は東京ほどの規模はありませんが、東京にはない特徴があります。GOGOと言うシステムは、日本には無いシステムです。しかし、フィリピンでは当たり前のシステムです。

このシステムは男女間の距離がとても近いため、男性にとってなくてはならないモノでしょう。

こういったシステムが根付いたのは、ベトナム戦争の影響があります。これはタイやカンボジアなどにも言えますが、アメリカ軍の休憩娯楽値であったり、駐屯地であったため娯楽施設が次々と出来ました。

フィリピンのOFW

スービックやクラークには沢山のアメリカ兵が駐屯していましたから、その地域には夜の商売が急激に発展しました。戦場でボロボロになった兵士の緊張や心を癒した場所でした。

ベトナム戦争が始まり、数年経過して沢山の米兵がフィリピンにいたときに落としたお金は莫大でした。当時のフィリピンのGDPの10%を軽く占めていたとさえ言われるほどです。

ベトナム戦争が終了すると、米兵の数が減り、アメリカ人がフィリピンに落とすお金が一気に減りました。それを埋め合わせるかのごとく、フィリピンはフィリピン人を輸出しました。

輸出先は当時、強烈な経済発展を遂げていた日本です。この日本にエンターテイナーとしてフィリピーナを沢山送り込み、日本円を掴み、そして日本人から巨額のお金をフィリピンに送金させます。

日本のフィリピンパブでフィリピーナに嵌り、フィリピンに移住したり、ハマっていった日本人の数は相当です。落とした金額も強烈ですので、別の形で日本はフィリピンに貢献しました。

このフィリピン人を輸出すると言う国策と同時に、フィリピン国内でも夜の商売を活性化させ、あらゆる国の痛いオヤジたちを呼び寄せました。

続く

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