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第五話 困窮邦人でも日本では輝いていた時があった

東京

フィリピン人化しつつあるカズユキでした。カズユキの父は浮き沈みの激しい人生を送り、最終的には商売に行き詰って自殺してしまいました。

「親父、金なくなって疲れんだな。俺も親父のように金が無くなったけど、死ぬことが出来ないよ。自殺って選択肢は先に親父がやったからね。親父にそれを先にやられたら、息子は同じことを出来ないよ」

父親が亡くなったのはカズユキが高校一年生の時でした。葬式の席ですら、カズユキは涙一つこぼしませんでした。悲しいと言う感情が湧かなかったのです。

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困窮邦人たちは昔の栄光を誇張して披露したがる

子供の頃からカズユキは、あの夢を見続けてきたせいかもしれませんし、母親が今もってその時のことをとがめているように「冷たい」のです。

しかし、不思議と父親と自分が同じような道を歩いているようにも感じられ、あの時からすでに父親の自殺した気持ちがわかっていたような気もするのです。

父親が自殺したのは39歳の時でした。カズユキが日本を追われて逃げるようにフィリピンに逃亡し、住み着くようになったのも38歳を過ぎたときでした。父が自殺した年齢を超えてからの自分の人生は、雲をつかむ様な人生です。

ポケットに手を突っ込むと20ペソがありました。彼は安どしてロハス大通りを渡り、繁華街に向かいました。金のある時はダンキンドーナツの店に行くのが彼の日課でした。

ドーナツが好きなわけではなく、コーヒー1杯十数ペソで何時間もクーラーの効いた店に粘ることが出来ました。さらに英字新聞を隅々まで、無料で読むことが出来ました。

東京証券取引所

店に着くと、カズユキはいつものように高級紙を手に取ってビジネス面を開きました。この新聞を読んでいるときだけ、彼は屑のカズユキではなく、きちんとした日本人でいるようでした。

日本の景気は相変わらず低迷していると言う記事が載っていました。いろんな経済記事、株価、為替などを見ていると、自然に足を組んでビジネスマンになった気がするのです。

いつでも自分はビジネスの世界で戦えると大きな勘違いが出来るのです。東京のオフィス街を並みのようになって歩いているサラリーマンの出勤風景の写真が目に入ると、メキメキとやる気が出ました。

しかしこれは、間接的な嫉妬でした。

彼は実は数年前までは東京の証券会社に勤務していました。ずば抜けた成績を収めていたわけではありませんが、月の売上目標をクリアーできるレベルの人間でした。

筋肉質な体つきで、女性からは端正な顔つきと騒がれるような男でした。切れ長の美しい目を持っていました。派手な背広が好きで、朝のベージュのスーツにペイズリー柄のネクタイをして出社し、支店長にどやされたこともあります。

続く

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