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第十話 マニラに住む70代の困窮邦人は間もなく住みかを失うだろう

フィリピンに住む困窮邦人

フィリピンの老人ホームに入居して、厳しいながらも生活できる年金や貯金がある藤井さんは困窮邦人ではありません。キチンと食事が取れて、介護して貰えている訳ですから、日本に住む老人よりはるかにマシです。

マニラでは困窮した日本人が3日に1回、大使館に駆け込みます。

セブの出張所なども合わせると、年間に300人以上が大使館に救いの手を借りに来ます。昨年、今年は円安になりましたので、さらに困窮した日本人が駆け込んでいるかも知れません。

海外に住む日本人の一部が困窮してどうしようもならなくなりますが、国別で見るとフィリピンがダントツの1位です。2位がタイ、3位がアメリカ、4位が中国、5位が韓国と続きます。

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60歳を超えてフィリピンで貧困していくのは、言葉に出来ない辛さがある

海外で暮らす日本人数に対して困窮する割合が多いのがフィリピンです。日本大使館に困窮で駆け込んだ人数の半分が、フィリピンで暮らす日本人ですから、いかに多いかがわかります。

保護された日本人の年齢構成までははっきり公表されてませんが、やはり60歳以上の高齢者が多いようです。

典型的なパターンはフィリピンパブにお客として通い、フィリピーナと仲良くなります。フィリピーナの日本での滞在ビザが切れてフィリピンに帰国したフィリピーナを追いかけて渡比します。

しばらくはフィリピーナと一緒に暮らしたりしますが、資金が底をつくと、フィリピーナに捨てられてしまいます。そして行く場もなく、友人もおらず、どうしようもなくなって大使館に駆け込みます。

以前のようにフィリピーナが日本に来れなくなっていますので、どうしてもフィリピーナに会いたくて渡比してしまい、そのままずるずる滞在する中高年の日本人もいます。

ある70代の困窮邦人がマニラに住んでいます。彼は日本がバブルを謳歌していた頃、フィリピンへとやってきました。フィリピン女性を折ってきたのではなく、実は建築工事仕事が目的でした。

一時は豊かな生活をしていましたが、少しずつ仕事が減り、数年前から生活費も事欠くようになりました。

フィリピンに住む困窮邦人

彼が暮らすのはマニラの中心にある1Kのマンションです。一応マンションで、家賃や12,000ペソです。家賃も払えたり払えなかったりして、滞納がかさみ、すでに追い出される寸前です。

すでに、電気、水道、ガスは止められています。水は早朝に、マンション共用の水道がある階下までバケツを両手に抱えておりていき、コッソリと調達して部屋に戻ります。

その水でトイレを流すのです。電機はマンションの清掃係りに小銭を渡し、玄関の照明だけは点くようにしてもらっています。他はろうそくだよりの生活をしています。

「日本食を食べれば一食500円以上かかるけど、現地の飯なら100円で済むんだよ。昔はタクシーに乗って移動していたけど、今は徒歩かジプニーだね。数十円で結構な距離を移動できるから有難いよ」と困窮爺さんは話します。

それでも家賃と食費などで16,000ペソほどのお金は必要です。あらゆる知人から無心していますが、それもそろそろ限界のようです。

実はこの老人は、1年ほど前に日本へと一時帰国しています。生活保護を申請し、日本で暮らそうと思ったからです。しかし、結局、生活保護を得ることはありませんでした。

彼には日本で離婚歴があり、3人の子供たちがいます。すでにみんな成人して、生活保護を得るには子供たちが扶養出来ないことを証明しなければなりません。

子供たちには役所から連絡が入り、父親の生活状況を知ることになります。プライドの高い彼にはそれが耐えられず、子供たちへの連絡を拒んだのです。

そして結局、マニラへと舞い戻ってきてしまいました。ただ、マニラに戻ってきたところで、生活できる当ても何もないのですが…。

続く

 

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