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第十話 フィリピンの貧困層が困窮邦人に手を差し伸べてくれる

下流老人とフィリピンの困窮邦人

フィリピンで全てを失ってしまい、困窮邦人となった日本人をフィリピンの貧困層が助けてくれています。日本にいるホームレスに手を差し伸べるのは、NPOや行政です。

ホームレスに近所の人が手を差し伸べたり、食事を与えたりすることはほぼありません。近寄って話すこともあり得ないでしょう。

同じアジア人でも人に対する接し方が相当異なるのがわかります。日本人がダメでフィリピ人が素晴らしいという意味ではありません。日本人とフィリピン人は異なるという点を熟知しているかが大事です。

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フィリピン人は困窮する人に対して何らかの行動を起こす民族

お金、家、人脈などすべてを失った困窮邦人に、簡単な仕事や食事を与えるフィリピン人はこんなふうに話します。

「私達フィリピン人はみんな貧しいの。だから食べ物は皆でわけあって食べるというのが普通なの。誰か家に来たら、少しでもご馳走しようと言うのがフィリピン流よ。

食事を家族以外の人に食べさせることは、何も難しいことではないよ。お金持ちはお手伝いさんと食事を別にするけど、私達のような貧困層は一緒に食べるの。お手伝いさんを家族のように扱うわ」

フィリピンは基本的に大家族ですから、兄弟姉妹が沢山います。5人、6人兄弟など当たり前で、貧困層であればあるほど兄弟姉妹は沢山います。

困窮邦人を助けてくれているフィリピン人にも7人の兄弟姉妹がいます。ダバオの北に生まれて生活していましたが、やはり貧困でした。お金がないので小学校も途中までしか行くことが出来ませんでした。

近所の家の手伝いをしながら小銭を稼ぎ続け、13歳の時にマニラにやって来ました。マニラに来ても学歴などがありませんから、ひたすらメイドとして働き続けました。

やがてフィリピンによくある小さな食堂で働くようになり、そこで旦那さんと知り合ったそうです。簡易食堂に来るフィリピン人男性ですから、ご多分に漏れず貧困層です。

トロトロ食堂・フィリピン

二人で生活していくために一念発起して、バクララン教会のそばに屋台を出しました。屋台といえば聞こえはいいですが、パラソルを立てた簡素な状態からのスタートです。

1日にの利益は300ペソや400ペソです。1ヶ月間みっちり働いても12,000ペソですから、生活は楽ではありません。少ない利益を貯めて、トライシクル(自転車タクシー)を買い、旦那さんも日銭を稼いでいます。

こちらも一日の売上は300ペソ~400ペソですが、パンクしたりチェーンがおかしくなったりしますので、修理代が結構かかります。

そして家の電気代や家賃、水道代などがかかりますから、何とか生活できるレベルです。フィリピン人の中ではボチボチやって行けている方です。

夫婦が住む家はフィリピン人が住む家によくある住居です。ブロックづくりの平屋で、広めの部屋が一室あります。夫婦には娘がいて、彼女の旦那さんが中東に出稼ぎに出ています。

中東からの仕送りでテレビ、冷蔵庫などの電化製品を揃えたそうです。裏を返せば仕送りがなければ、電化製品を揃えられないレベルの収入です。

そんな生活を送っているフィリピン人がホームレスの困窮邦人を助けてくれていることに驚きと感謝でいっぱいです。

続く

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