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第八話 18歳のフィリピーナに家財道具を売り払われた

日本の昭和30年代はフィリピンの今

フィリピンの経済状態は日本の昭和30年代から40年代に似ていると言われます。日本人の暮らしは昭和30年代になってようやく上向きになりました。

郊外の一戸建てが売れ、プレハブ住宅が随分話題になりました。人々は家や車をローンで買うようになりました。フィリピンのマニラでは日本の昭和30年代が起こっています。

フィリピン人は下位層が大部分を占めていましたが、経済成長により少しずつ中間層が増え、富裕層に至っては日本の富裕層よりはるかに資金を持っているレベルです。(数は少ないですが)

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昭和中期の日本が今のフィリピンなら全てが買いだ

フィリピンの昔のタクシーと言えば、雨が降れば車中に水が入ってきて、水浸しになったり、ドアがきちんと締まらないポンコツなタクシーが山ほど走っていました。

自家用車は富裕層が現金で買うものと決まっていました。しかし、最近ではローンを組めば乗用車を買える層が増えつつあります。

ほんの一握りの富裕層と、圧倒的多数を占めていた貧困層で構成されていた社会階級に、変化がジワジワと訪れているのです。中流階級がフィリピンにも確実に増えつつあります。

さらに、インフレが続いています。

カズユキが当時フィリピンで暮らしていたコメの価格は、最も安いコメで1キロ10ペソで買えました。しかし、今年は1キロ16ペソ払わないと買えなくなっているのです。

日本の昭和30年代はフィリピンの今

カズユキが日本に居た頃、ラーメンが1杯50円で食べれましたが、数年もすれば1杯250円払わないと食べれなくなりました。今の日本からは想像できませんが、日本もインフレだったのです。

このインフレで人口が爆発し、中流階級が増えているフィリピンは非常に面白いのです。

株にしても、年間の株価上昇率がトップになるのは決して一流株ではありません。ボロ株が当たります。マレーシア、インドネシア、ベトナムなどに比べたら、フィリピンはぼろ株だと言われています。

このフィリピンのボロ株が当たるのです。

フィリピンで一発当ててやると思い、カズユキはフィリピンにやってきました。しかし…。マニラにあったカズユキのアパートはもぬけの殻でした。

家財道具一切を売りとばしたのは、当時一緒に住んでいた18歳の女性でした。彼女は売りとばした後、お金を持ってネグロス島のバコロドに帰りました。

カズユキは仕方なく1か月5,000ペソの安アパートに引越しして、家財道具を買い直しました。しばらくすると女性は戻ってきて、また一緒に暮らし始めました。女性は「寂しかったから田舎に帰りたくなったの、旅費が無くて仕方なく家財道具を売ったの」と話します。

カズユキはそんな彼女をまた受け入れました。

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